ホーム > トピックス > コラム(1)
 月刊「税理」 連載コラム 2004年1月号
第1回 税理士関与の中小企業をとりまく金融機関の現状
 最近、顧問先から金融機関の要請により、資金繰表作成や毎月の試算表の提出を求められるといった話をよく聞きます。また、一部では「貸し渋り」や「貸し剥がし」を受けていると聞いています。これに対応して会計事務所でも、それらのお手伝いをする機会が増えてきましたが、会計事務所としても従来の知識レベルでは対応できなくなってきているのが現状です。顧問先企業をとりまく金融機関の現状はどのようになっているのでしょうか?

 金融機関をとりまく環境の変化から、各企業は今まで以上に金融機関との付き合いを上手に進めなければなりません。ここでは「粉飾決算」について実際に体験した事例をもとにお話を進めていきたいと思います。

○ 5種類の決算書の意味するもの

 以前から顔なじみであったA建設会社の社長さんから電話をいただきました。(このときは、まだA社とは、顧問契約は締結しておりません。)内容は以下のとおりです。A社は、メインとして取引をしている地方銀行Bとサブの信用金庫Cに、運転資金の打診をしたところ、保証協会の保証が得られないどころか、逆に各金融機関の担当者にひどく怒られてしまったということです。もしや?とそのとき思いましたが、内容を検討してからお話をさせて頂こうと思い、過去3年間の決算書と直近の試算表を持って事務所に来ていただくことになりました。

 予想は当たりました。その社長が持ってきた決算書は全部で5種類あったのです。よく見るとそれぞれの決算書の右隅にエンピツで(1)「本物」(2)「税務署用」B「B銀行用」C「C信金用」D「D銀行用」と書かれてありました。しかしながら、実際のところ、社長はどれが本物かもわからない状態でした。

 ここでまず問題なのは、社長が自分の会社の正しい財政状態や経営成績を把握していないということです。いったい何を基準に経営意思決定を行っていたのか。確かに経済環境が右肩上がりの場合は、いわゆるドンブリ勘定でも資金は回っていたので、それらの重要性を感じなかったのかもしれません。

 次に、なぜ5種類もの決算書が存在するのかを社長に質問したところ、当然のように、理由はよくわからないという答えでした。また、融資の際には、必ず会計事務所から決算書を出してもらっていたという事です。いまだに3つの金融機関用の決算書があった理由は、わかりませんが、何かその時々に表に出せなかった事実があり、それを受けて会計事務所が手を加えたとしか思えません。この事がお客様に対する最善のサービスと考えている会計事務所は無いと思いますが、安易に考えると今回のような事態になるのです。

 たぶん、この会計事務所は、信用保証協会についての知識が不足しているのだと思われます。企業が金融機関から融資を受けた際に発生する信用保証料について、会計上の処理は出来るでしょうが、それが何を意味しているかを理解することが重要です。まずは、信用保証協会の業務について確認しておきましょう。

○ 信用保証協会を知る

 信用保証協会とは、中小企業者が金融機関から事業資金の融資を受けるとき、その借入債務を保証することによって、金融の円滑化を図り、その健全な発展を促進することを目的として設立された「公的な保証機関」です。信用保証は、中小企業者、金融機関及び信用保証協会の三者関係で成りたっております。中小企業者が、保証付融資を受ける場合、金融機関を経由する場合と保証協会へ申し込む場合があります。保証協会は、企業の経営内容を審査検討し保証の諾否を金融機関に通知します。保証の承諾を受けた金融機関は、融資を実行します。そのとき、中小企業者は、利息とは別に信用保証料を負担しています。融資を受けた後、万一その期限に返済が不可能となった場合には、金融機関の請求により保証協会が中小企業者(借入人)に代って借入金を金融機関に返済(これを代位返済という)します。

 金融ビッグバンのもと、「フリー」「フェア」「グローバル」という観点から、自由で公平な、世界的規模で通用する金融システムの構築が要求されています。その具体的措置として大蔵省(現金融庁)は、金融機関に対して「早期是正措置」を打ち出し、国際取引を行う金融機関に対しては、金融機関の自己資本比率を8%以上に、国内取引のみを行う金融機関でも4%以上にしなければならないと定めています。自己資本比率を高めるためには、(1)分子を大きくするか、(2)分母を小さくするかですが、金融機関にとって企業に貸付を行うと金融機関の資産が増えることになり(すなわち分母が大きくなる)、貸したくても貸せない状況にあります。これが金融機関の「貸し渋り」です。また、これと同様に貸出金を回収することで、総資産が圧縮されるので「貸し剥がし」も行われています。例外処置として、信用保証協会などの保証が付くと当該貸金について、総資産から控除ができるために、金融機関は積極的に保証協会付きの融資を行っているのが実情です。

○ 「災い」を「福」にする

 話をもとに戻すと、メイン地方銀行Bとサブ信用金庫Cに、運転資金を打診した際に、それぞれに別の決算書を提出しているということが、致命傷になっているということがおわかりいただけると思います。上記のように金融機関を取り巻く環境の変化に伴い、地銀、信金ともに保証協会付きの融資を行いたいため、それぞれの金融機関が保証協会に対して事前の打診をしているわけです。そこで同一の企業から異なった決算書が提出されると、粉飾あるいは逆粉飾の事実が判明され、決算書の真実性が疑われ、協会の保証が受けられなくなってしまったのです。

 数日後、A社の社長は、この会計事務所と顧問契約を解除することになりました。我々と顧問契約を結んだ後、本物の決算書(と思われる?)をもとに、もう一度融資の申し込みを行いました。社長自身が二度と決算書の内容を意図的に変更しないという「誓約書」を書き、さらに金融機関、信用保証協会にお詫びに向かいました。粉飾の事実が悪質ではなかったこと、社長本人がこの事実を理解して、反省していることから、何とか信用保証協会の保証を受けることが出来ました。

 このことを通じて、この企業は創立以来始めて決算書の重要性を知ることになりました。さらには正確な会計数値をもとに経営意思決定を行うことが、業績改善につながることを理解し、また予算組みにも挑戦し、それをもとに業績検討会を四半期ごとに行っております。



< 第1回 > 第2回 .>>


ホーム事務所概要所長プロフィールトピックス行政書士
各種セミナー出版書籍リンク求人情報メールショッピング


Copyright © 甲賀伸彦税理士事務所 1997-2011
All Rights Reserved.